当社が2023年に立ち上げた社員有志によるロボット開発・技術探求プロジェクト「SETAGAYA Eclipse(世田谷エクリプス)」。
安全で信頼性の高いロボットソフトウェアを実現するには、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアの挙動まで深く理解する必要があります。こうした課題意識のもと、本プロジェクトは将来のロボット事業拡大を見据えた研究開発活動として始動しました。
活動の主軸は、ロボットの設計・制御技術を競う国内大会「CoRE-1(エンジニア選手権1部リーグ)」への参戦です。ソフトウェア・回路・機械の各専門チームが連携する完全内製体制で挑み、2024年大会では予選総合1位、2025年・2026年大会では「革新的アイデア賞」を受賞するなど、着実に技術を蓄積しています。
本稿では、自律型ロボットへのVLM(Vision-Language Model:画像と言語を同時に扱うAIモデル)のエッジ実装への挑戦を通じて、直面した課題とその克服に向けたアプローチについて詳述します。
2026年の大会では、自律型ロボット上でVLMを動作させる構成をあえて選択しました。
単純な物体検出であれば軽量なAIモデルでも実現できます。しかし私たちが目指したのは、物体を識別するだけでなく、周囲の状況や指示の意図を踏まえて行動できるロボットです。
例えば「右側の赤い的を狙って」といった曖昧な指示でも、周囲の状況を踏まえて対象を判断し、適切に行動できるようにすることです。単に「物体を認識する」のではなく、「意味を理解して判断する」能力そのものをロボットに持たせることを目指しました。
システムでは、空間認識と意味理解の役割を分離しています。
- LiDARおよび深度画像:位置推定や周囲環境の把握
- カラー画像およびVLM:対象物の認識と意味理解
それぞれのセンサーの特性を活かし、役割を明確に分担することで、限られた計算資源の中でも精度を最大限に引き出しています。
エッジ環境(クラウドではなくロボット本体で処理を行う環境)で高度なAIを動作させる際、最大の課題となったのはソフトウェアではなく、電力・熱・回路といった物理的制約でした。特に課題となったのが、VLMの推論実行時に発生する「電力スパイク(瞬間的に電力消費が跳ね上がる現象)」の問題です。
今回の大会では、AI処理に特化した小型コンピュータであるNVIDIA Jetson Thorを採用しました。
当初は公称120Wの消費電力を前提に電源設計を行っていましたが、実際にはGPUが一時的に高負荷状態となることで、ピーク時には約160Wまで消費電力が上昇し、システム全体が停止する事象が発生しました。設計上は問題がないと判断されたシステムであっても、わずかな瞬間の電力変動によって電源保護機構が作動し、システム停止に至る場合があります。
また、システムを停止させずにバッテリー交換を行うため、「ホットスワップ(電源を入れたまま部品交換を行う仕組み)」回路を導入しましたが、わずかな設計の甘さが回路損傷のリスクにつながることも確認されました。ロボットシステムの実装においてはソフトウェアの正しさだけでなく、ハードウェアの振る舞いまで含めた設計が不可欠であることが明確になりました。
このような開発経験は、セックの本業にも強くフィードバックされています。
リアルタイム制御や非同期処理を扱うシステムでは、問題の原因がソフトウェアにあるとは限りません。以下のような物理レイヤーの要因にも目を向ける必要があります。
- 配線(接続の状態や取り回し)
- 接触状態(コネクタや端子の接触不良)
- 電源品質(電圧の揺らぎやノイズ)
こうした要素は一見ソフトウェアとは無関係に見えますが、実際にはシステムの安定性に大きく影響します。
このようにソフトウェアとハードウェアの両面から原因を分析する視点は、自動運転や宇宙、社会インフラといったミッションクリティカル領域において、システム品質を大きく左右します。セックが強みとしているリアルタイム技術は、こうした現場から進化し続けています。
SETAGAYA Eclipseで開発したロボットの内部機構
エッジAIの時代において重要なのは、メカトロニクス、電子回路、電力設計、ソフトウェアアーキテクチャなど、複数の領域を横断して捉え、個々の制約を理解した上で設計できる力です。
単一の技術にとどまらず、ハードウェアとソフトウェアの両方を見渡しながら、システム全体として最適な構成を描けるエンジニアが求められています。
さらに重要なのは、安全性を前提としたうえで、コストと性能の最適なバランスを判断できることです。このバランスを実現できる「システムアーキテクト」の価値は、今後ますます高まっていきます。
セックでは、こうした実践的な研究開発活動を通じて、ソフトウェアとハードウェアの双方を理解したシステム設計力を磨いています。エッジ環境でVLMを動作させる取り組みも、その一例です。
実際にロボットを設計し、動かし、発生した事象を分析しながら改善を重ねる。
その過程で得られた知見は、リアルタイムシステムやロボット、宇宙分野など、当社が取り組むさまざまな技術領域へ還元されています。今後も現場や研究開発を通して培った知見を活かし、社会の安全と発展を支える技術の創出に取り組んでいきます。